西日本旅客鉄道(JR西日本)が運行する琵琶湖線は、滋賀県の主要都市と京都、大阪を結ぶ大動脈として、日々膨大な数の通勤・通学客やビジネスパーソンを運んでいます。しかし、その役割は単なる移動手段に留まりません。近年、滋賀県が「通過するだけ」というイメージを払拭し、観光立県としての魅力を高めようとする中で、琵琶湖線は「観光の玄関口」としての新たな役割を期待され、その未来像が注目されています。一方で、日々の運行においては、予期せぬトラブルによる遅延が頻発し、利用者からは安定運行への切実な声も上がっています。この多層的な課題と期待の狭間で、琵琶湖線はどのように滋賀の未来を牽引していくのでしょうか。
相次ぐ運行障害、利用者を悩ませる現実
2026年6月17日夜には、琵琶湖線の栗東駅で発生した人身事故の影響で、米原駅〜京都駅間で一時運転を見合わせる事態が発生しました。この影響は、運転再開後もJR京都線やJR神戸線、大阪環状線にまで波及し、深夜時間帯の列車に遅れや運休が生じるなど、広範囲な影響が出ました。また、6月18日午前には、嵯峨野線内での線路内立ち入りが原因で、琵琶湖線を含むJR京都線、JR神戸線、湖西線、奈良線、嵯峨野線、JR東西線、学研都市線といった広範囲な路線で列車遅延が発生しました。さらに、6月15日にはJR神戸線内での踏切非常ボタン押下も琵琶湖線に遅れをもたらしています。
これらの事例は、琵琶湖線が京阪神エリアのJR路線網と密接に連結しているがゆえに、どこか一つの路線でトラブルが発生すると、その影響が連鎖的に拡大しやすいという構造的な脆弱性を浮き彫りにしています。特に琵琶湖線は、湖西線と並び、近畿地方と北陸地方を結ぶ重要な役割も担っており、その運行停止や遅延は、広範な地域の生活と経済に直結する問題です。滋賀県は「近畿の水がめ」とも称される交通の要衝であり、鉄道網の安定性は地域経済の根幹を支える上で不可欠な要素と言えるでしょう。
「通過県」のイメージ打破へ:観光列車と新たな魅力
しかし、琵琶湖線を取り巻く話題は、運行の課題だけではありません。近年、滋賀県を「通過する県」から「訪れる県」へと変貌させるための観光戦略が加速しており、その中心的な役割を琵琶湖線が担いつつあります。
その象徴とも言えるのが、JR西日本が運行する豪華寝台列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風(みずかぜ)」の新たな「びわ湖周遊コース」の導入です。2026年春から運行を開始したこの新コースは、琵琶湖線の沿線にある近江八幡駅や木之本駅などに立ち寄り、W・M・ヴォーリズの建築物や国宝「十一面観音立像」など、滋賀が誇る歴史的・文化的資産を巡る旅を提供しています。また、2026年7月から9月にかけては、観光列車「はなあかり」が大阪〜おごと温泉間、大阪〜大津間で運行される計画であり、琵琶湖線もそのルートの一部を担います。これらの観光列車の導入は、単なる移動手段に留まらない「体験としての鉄道」を提供し、高質な観光客を呼び込む狙いがあります。
さらに、滋賀県、沿線市町などで構成される「琵琶湖環状線利用促進協議会」は、「琵琶湖環状線」という愛称で琵琶湖を一周する鉄道旅を推奨しています。電車を使えば約3時間で琵琶湖を一周でき、途中下車して近江八幡の歴史ある町並みや八幡堀、彦根の城下町、安土城跡といった見どころを楽しむことができると提案しています。このような取り組みは、琵琶湖線が地域の文化や自然と連携し、新たな観光需要を創出する可能性を秘めていることを示しています。
利便性向上への投資:サービスの拡充と安全対策
琵琶湖線は、観光面だけでなく、日常的な利便性向上と安全対策にも注力しています。2025年春のダイヤ改正では、JR西日本が新快速に有料座席サービス「Aシート」(Uシート)を拡大し、琵琶湖線を含む近畿エリアの主要路線で追加設定されました。これにより、通勤・通学客はより快適な着席通勤が可能となり、利便性の向上が図られています。
安全面では、2026年度にJR西日本がホーム柵の整備計画を発表しており、琵琶湖線でも順次導入が進められる見込みです。ホームからの転落事故防止や、視覚障がい者の安全確保に繋がるこれらの取り組みは、利用者が安心して鉄道を利用できる環境を整備するための重要な投資と言えるでしょう。
滋賀の未来を拓く構想:直流化と広域連携の課題
琵琶湖線が抱える長年の課題の一つに、米原駅以北の交流電化区間との接続問題があります。現在、京阪神方面からの直流電車は長浜駅止まりとなることが多く、滋賀県湖北地域へのアクセスに制約が生じています。この交流・直流セクションの存在は、京阪神からの直通列車運行を阻み、湖北地域の観光振興や産業活性化の足かせとなっている側面があります。湖北地域への直流化による京阪神直通化は、長年の地域住民の願いであり、その実現は琵琶湖線全体の価値をさらに高めることに繋がるでしょう。
さらに、長期的な視点では、「びわこ京阪奈線(仮称)」鉄道構想のような広域連携の議論も存在します。これは米原駅から京都府南部地域を経てJR片町線(学研都市線)に接続する約90kmの新線構想で、近江鉄道沿線の活性化、大阪湾ベイエリア地域との交流軸の強化、そして震災時等のバイパス機能といった多岐にわたる効果が期待されています。これは現時点では壮大な構想に過ぎませんが、琵琶湖線を中心とした滋賀の鉄道網が、単なる地域内交通に留まらず、広域的な社会経済インフラとしての役割を担い得る可能性を示唆しています。
琵琶湖線が描く滋賀の未来
琵琶湖線は、日常の移動手段としての重要な役割を担いつつも、人身事故や線路内立ち入りといった突発的な運行障害によって、その安定性が度々脅かされています。しかし、JR西日本や滋賀県は、観光列車の導入や「Aシート」の拡充、ホーム柵の整備といった具体的な施策を通じて、路線の魅力向上と安全確保に継続的に投資しています。
「通過する県」から「訪れる県」へ。この滋賀県の変革の試みにおいて、琵琶湖線は単なる鉄道の枠を超え、地域の経済・文化・社会を繋ぐハブとしての期待を一身に背負っています。直流化による北部アクセス改善や、将来的な新線構想といった課題解決と夢の実現が、琵琶湖線、ひいては滋賀全体のさらなる発展に繋がる鍵となるでしょう。運行の安定化と魅力の向上という二つの命題に琵琶湖線がどう向き合い、滋賀の未来を彩っていくのか、今後もその動向から目が離せません。