中国、日本企業を標的に輸出規制を強化
中国商務省は2026年6月29日、日本の20企業・団体を新たに輸出規制リストに追加すると発表しました。対象は防衛研究所、陸上装備研究所などの研究機関、および三菱電機ディフェンス&スペーステクノロジーズ、三菱電機ソフトウエア株式会社など、日本の軍事力向上に関与しているとされる企業グループです。これにより、中国からの軍民両用(デュアルユース)品目の輸出が即時禁止されることになります。これは、同年2月にも同様の措置で三菱重工や川崎重工の関連企業など20社・団体がリストに追加されたことに続くもので、対日圧力を一段と強めた形です。
また、これとは別に、三井E&Sなど日本の20企業・団体が「注視リスト」に加わったことも明らかにされました。これらの企業に対しては、軍民両用品目の最終用途が確認できない場合、輸出審査が厳格化され、個別許可の申請にはリスク評価報告書と、軍事用途に転用しない旨の書面による誓約書の提出が求められます。この一連の措置は、日本の高市首相が2025年11月に台湾有事に関する発言をしたことへの対抗措置と見られており、中国側は「日本の『新型軍国主義』の妄動を断固として抑止する」ことを目的とすると説明しています。
今回の中国による輸出規制は、日中関係の緊張が高まる中で、経済活動を通じて相手国に圧力をかける「経済的威圧」の一環と位置付けられます。単なる貿易摩擦に留まらず、安全保障と経済が複雑に絡み合う現代の国際情勢を象徴する出来事と言えるでしょう。
「軍民両用」品目の厳格化とその背景
中国の輸出規制は、2020年12月に施行された「輸出管理法」を主要な法的根拠としています。この法律は、国家の安全保障と国益を守るため、軍用品、核関連品目、そして民生用と軍事用の両方の用途を持つ「軍民両用品目」の輸出を包括的に管理・規制することを目的としています。近年は特に、軍事的潜在力の向上に資する可能性のある品目への規制が強化される傾向にあります。
今回の日本企業に対する規制強化の背景には、日本が防衛力強化を進め、「再軍事化」を加速させているとの中国側の認識があります。特に、高市首相の台湾有事に関する発言が、中国側の強い反発を招いたと分析されています。中国は、台湾を自国の領土の一部と見なしており、台湾の独立に向けた動きや、それに対する他国の介入を示唆する言動には敏感に反応します。
また、今回の措置は、中国が米国に対して過去に実施した輸出規制と共通する側面も持ちます。例えば、2026年6月22日には、米国企業10社(レアアース大手MPマテリアルズなどを含む)を輸出管理リストに追加し、さらに46社の米国企業からの政府調達を禁止する措置が発表されています。これは、米国が中国企業を「軍事企業リスト」に追加したことへの報復措置とされており、輸出管理が国際的な政治交渉や報復のツールとして用いられている現実を示しています。
レアアース等、戦略物資を巡る中国の思惑
中国の輸出規制は、軍民両用品目だけでなく、特定の戦略的資源や技術にも向けられています。特に注目されるのが、電気自動車(EV)やスマートフォン、ミサイル誘導システム、レーザーなど、様々なハイテク製品に不可欠なレアアース(希土類)です。中国は世界のレアアース生産量の約60%を占め、特に分離・精製段階では約91%という圧倒的な支配力を有しており(2024年時点)、これを外交・経済交渉の「レバレッジ」として活用しています。
実際、中国は2023年以降、半導体材料であるガリウム、ゲルマニウム、そして黒鉛などの重要鉱物に対して事実上の輸出規制を強化してきました。2024年12月にはガリウム、ゲルマニウム、アンチモンなどの対米輸出を原則禁止し、黒鉛の輸出審査を厳格化。さらに2025年2月にはタングステン、モリブデンなど5種類のレアメタルを、同年4月にはサマリウム、ガドリニウム、テルビウムなど7種類のレアアースを輸出規制の対象に追加しています。これらの措置は、全面的な輸出禁止ではなく、輸出時にライセンス取得を義務付けるもので、全世界向けに実施されています。
中国がレアアースの輸出規制を強化する背景には、単なる報復だけでなく、より戦略的な狙いがあります。一つは、自国のレアアース産業を高度化させ、低付加価値の原材料供給国から脱却し、高付加価値なハイエンド製造業を国内に誘致したいという思惑です。もう一つは、レアアース供給を制限することで、自動車、エネルギー、防衛産業など、これらを不可欠とする他国の主要産業を弱体化させることです。これは、経済を武器として国際的な分業体制の変更を迫る、中国の「経済の武器化」戦略の一環と見られています。
日本企業が直面する新たなリスクと課題
今回の輸出規制強化は、日本のサプライチェーンに多大な影響を及ぼす可能性があります。特に、中国からの原材料や部品の調達に依存している企業は、生産停止のリスクに直面します。例えば、EV製造に必要なレアメタルが供給不足に陥れば、生産活動に深刻な打撃を与えるでしょう。
具体的な影響としては、以下の点が挙げられます。
- 直接的な供給途絶リスク:規制対象となった企業は、中国からの軍民両用品目の調達が原則禁止されるため、代替品の確保や生産拠点の見直しを迫られます。
- 許可申請の遅延と不確実性:規制対象外の企業であっても、輸出許可申請の手続きが厳格化・遅延することで、サプライチェーンの混乱が生じる可能性があります。特に「注視リスト」に掲載された企業は、個別許可申請において厳格な審査と誓約書の提出が義務付けられ、不確実性が増します。
- 経済損失の拡大:2010年の対日レアアース輸出停止時には、自動車・電子部品産業を中心に約6,600億円の経済損失が発生したと試算されており、今回も同様の、あるいはそれ以上の影響が懸念されます。自動車の納期遅延や家電・電子機器の供給制約、さらには価格高騰の可能性も指摘されています。
- 技術流出への懸念:中国の輸出管理法は、輸出管理品目に関連する「重要データ」の越境移転も規制対象とする可能性があり、技術提携や共同開発を行っている日本企業は、データ管理においても新たな課題に直面するかもしれません。
これらのリスクは、日本の産業界全体に波及し、特に防衛関連企業や半導体材料メーカー、そしてこれらを顧客とする自動車産業など、幅広い分野に影響を及ぼすと考えられます。
経済安全保障と国際サプライチェーンの再編
中国の輸出規制強化は、世界の経済安全保障の概念を大きく変化させています。もはや、安全保障は軍事力だけでなく、経済、技術、サプライチェーンの安定性といった多岐にわたる要素によって構築されるという認識が国際的に共有されつつあります。中国の行動は、この経済安全保障を自国に有利に展開するための戦略的な動きと捉えられます。
これに対し、米国やEUも対抗措置を強化しています。米国は自国の半導体関連企業への中国からの輸出管理を強化し、EUは外国直接投資(FDI)審査メカニズムを強化し、防衛、半導体、重要原材料などの機微な分野への外国投資に対する審査を義務化しています。これは、サプライチェーンの中国依存度を低減し、多様化を図る「デリスキング(De-risking)」の動きを加速させるものです。
日本も、防衛装備品の国産化推進や、レアアース泥の試掘開始など、サプライチェーンの自律性確保に向けた取り組みを加速させています。過去の経験から、豪州ライナス社への戦略的資本参加などを通じて中国を経由しないレアアースのサプライチェーンを構築してきた経緯もあり、今回の規制強化は、日本の官民が連携し、サプライチェーン強靭化への投資をさらに促進する契機となるでしょう。
多角的な視点から見る中国の輸出管理戦略
中国の輸出管理戦略は、単なる短期的な報復措置に留まらず、より長期的な国家戦略に基づいていると分析できます。中国指導部は、過去の経験(2010年の対日レアアース規制が日本の調達先多様化を促し、中国企業に打撃を与えたこと)から、輸出規制が「諸刃の剣」であることを認識しています。それでもなお規制を強化し続けるのは、経済成長と産業の高度化に自信をつけ、国際分業体制そのものを変革しようとしている意思の表れと言えるでしょう。
中国は、「付加価値が低く、環境汚染だけ負わされる国際分業はもうしない」というメッセージを世界に発しており、レアアースへのアクセスをテコに、ハイエンド製造業を中国国内に呼び込もうとしていると考えられます。これは、中国が単なる「世界の工場」から、「世界の技術拠点」へと移行しようとする野心を示唆しています。
一方で、中国が主張する「国家の安全と利益の保護」や「不拡散を含む国際的義務の履行」という名目は、国際社会からはしばしば、政治的圧力や経済的威圧の口実として受け止められています。特に「新型軍国主義」や「再軍事化」といった日本への非難は、国際的な誤解を招きかねない強い表現であり、日中間の不信感を深める要因となっています。
日本が取るべき対応と今後の展望
日本企業は、中国の輸出規制が常態化するリスクを認識し、多角的なリスク対策を講じる必要があります。短期的には、規制対象となった品目の代替調達先の確保、在庫の積み増し、生産拠点の分散などが考えられます。中長期的には、ビジネスモデルそのものの再構築や、サプライチェーン全体の強靭化に向けた戦略的な投資が不可欠です。
- サプライチェーンの多元化:特定の国や地域への過度な依存を避け、調達先の多様化を進めることは最重要課題です。
- 技術革新と代替材料の開発:レアアースなど、中国依存度の高い資源に頼らない代替技術の開発やリサイクルの推進が求められます。
- 情報収集と法令遵守:中国の輸出管理法や関連条例、規制リストは今後も更新される可能性があるため、常に最新情報を把握し、法令遵守を徹底する必要があります。特に、軍民両用品目の定義やエンドユーザー・エンドユースの確認は厳格に行うべきです。
- 政府との連携:日本政府は、国際社会と連携し、ルールに基づいた自由で開かれた貿易体制の維持を中国に働きかけるとともに、国内企業への支援策を強化する必要があります。
中国の輸出規制は、国際貿易の「武器化」という新たな局面をもたらしており、世界経済の分断を加速させる可能性があります。日本は、米国をはじめとする同盟国・友好国との連携を強化し、「フレンドショアリング」の動きを加速させながら、強靭なサプライチェーンと経済安全保障体制を構築していくことが求められます。今後の国際社会は、経済と安全保障が不可分なものとして扱われる時代へと突入しており、その中で日本がどのような役割を果たしていくのかが問われています。