2026 FIFA北中米ワールドカップは熱戦の渦中にありますが、アジアの雄である韓国代表チームの動向は、単なる試合結果以上の複雑な背景を伴い、深い関心を集めています。長らくサッカー大国として国民的な熱狂を巻き起こしてきた韓国において、今大会はチームの奮闘とは裏腹に、国内で異例の「熱狂の陰り」が指摘されています。その背景には、韓国サッカー協会(KFA)を巡る問題や放映権料の未払い問題といった、ピッチ外の動揺が横たわっています。
劇的なグループ突破、その舞台裏の葛藤
韓国代表は、5月29日にアジア最終予選を無敗で突破し、11大会連続12回目となるワールドカップ出場を早々に決定しました。これは、アジアにおける圧倒的な実力と継続性を示す快挙です。迎えた本大会のグループAでは、初戦でチェコ代表に2-1と逆転勝利を収め、幸先の良いスタートを切りました。しかし、続くメキシコ戦での惜敗を経て、グループステージ最終戦の南アフリカ戦は、決勝トーナメント進出をかけた文字通りの大一番となりました。この南アフリカ戦は、韓国時間6月25日に行われ、韓国代表は引き分け以上の結果でグループ2位通過を確定させる状況でした。結果として、韓国はグループ2位の座を確保し、決勝トーナメントであるラウンド32への進出を決めました。これにより、韓国がラウンド32で対戦する相手は、開催国の一つであるカナダが有力視されています。
しかし、この劇的なグループ突破の裏側では、韓国サッカー界の深い葛藤が露呈しています。過去のワールドカップでは、太極旗を掲げた市民がソウル市内の光化門広場に集結し、国中が一体となった熱狂的な応援が繰り広げられてきました。2002年の日韓共催ワールドカップでは、ベスト4という快挙を成し遂げ、その記憶は今も鮮烈です。しかし、今大会では、代表チームの奮闘にもかかわらず、かつてのような国民的な熱狂は影を潜めています。
放映権料問題:国民から奪われる「視聴の権利」
国民の熱狂が冷め込む一因となっているのが、ワールドカップの国内放映権を巡る異例の事態です。韓国のテレビ局JTBCは、今大会の放映権を取得し全試合を中継していますが、高騰する放映権料や権利販売の難航により財政難に陥っていると報じられています。さらに、JTBCが大会主催者であるFIFAに対し、放映権料の一部を期日までに支払えていないことが明らかになりました。この状況が改善されなければ、韓国代表が勝ち進んだ場合でも、6月29日から始まる決勝トーナメント以降のテレビ中継が国内で見られなくなる恐れがあるという前代未聞の事態に直面しています。
この報道に対し、市民からは「韓国戦を韓国で見られなくなれば話にならない」「友達と見る約束をしたのに悲しい」といった不満の声が上がっています。現在、JTBCの担当者がスイスに渡り、中継の継続に向けFIFAと交渉中とされていますが、国民の「視聴の権利」が危ぶまれる状況は、チームへの応援ムードを大きく阻害しています。現代のスポーツビジネスにおいて、放映権料の高騰は世界的な傾向ですが、それが国民の視聴機会を奪う事態にまで発展することは、今後の国際スポーツイベントのあり方にも一石を投じる問題と言えるでしょう。
協会会長辞任と「蜜月」の終焉
さらに深刻なのは、韓国サッカー協会の鄭夢奎(チョン・モンギュ)会長が、今大会終了後の辞任を表明したことです。ワールドカップ開幕を約2週間後に控えた5月29日、鄭会長は「(ワールドカップ)大会期間中、代表チームに対する惜しみない支持と応援を送って下さることを、切にお願いいたします」「私がサッカー協会を運営しているあいだ、様々な批判があったことはよく承知しています。すべて私の不徳の致すところと考えます」と述べ、国民からの批判を認める形となりました。
鄭会長への批判が集中したのは、前ユルゲン・クリンスマン監督の選任プロセスにおける不透明性が最大の原因とされています。2022年カタールワールドカップ後、国際的な知名度は高いものの戦術面や「在宅勤務」の多さから手腕を不安視されていたクリンスマン氏が、不透明な選考過程を経て代表監督に就任しました。その後のチーム成績も振るわず、戦術不在や協会運営に対する国民の不満が募る結果となりました。鄭夢奎会長は、現代グループ創業者である鄭周永氏の孫にあたり、長年にわたり韓国サッカー界の要職を歴任してきました。しかし、かつて鄭夢準氏(鄭周永氏の六男)が会長として2002年ワールドカップの共催誘致に尽力し、韓国サッカーの黄金期を築いた「財閥とサッカー協会の蜜月」は、今や終焉を迎え、国民からの不信感へと変貌しています。
失われた国民的熱狂の背景:チームと協会への不信
韓国のサッカーファンは、代表チームへの深い愛情と高い期待を持つことで知られています。しかし、近年、その期待が裏切られ、不信感に変わってしまっている現状があります。2025年秋にはスタジアムの観客数が減少するなど、その兆候はワールドカップ前から顕著でした。
国民的熱狂が失われた背景には、以下のような複数の要因が絡み合っています。
- 監督選任の不透明性:クリンスマン前監督の選任プロセスが不透明であったこと、そしてその後の成績不振が、協会の意思決定への不信感を募らせました。
- チームの不安定なパフォーマンス:世界的なタレントを擁するにもかかわらず、戦術的な一貫性に欠ける試合内容が批判の対象となり、「強豪」としてのプライドを傷つけました。
- 協会運営への不満:会長への辞任要求が高まるなど、協会全体に対する国民の不信感が根深く存在しています。
- 放映権料問題:前述の通り、ワールドカップ中継が見られなくなる可能性は、応援ムードに水を差す決定的な要因となっています。
これらの要因が複合的に作用し、たとえチームがワールドカップで奮闘していても、国民全体を巻き込む熱狂が生まれにくい状況を作り出しています。
韓国サッカーの未来:試練を乗り越え再建へ
韓国代表チームは、幾多の困難を乗り越え、今回のワールドカップでラウンド32進出を果たしました。主将のソン・フンミン選手をはじめとする選手たちは、ピッチ上で「太極戦士」としての誇りを胸に戦い続けています。彼らの奮闘は、低迷する韓国サッカーに希望の光を灯すものです。
しかし、今回のワールドカップを通じて露呈した協会運営の問題、国民との間の溝、そして放映権料問題といった課題は、早急に解決されなければなりません。鄭夢奎会長の辞任表明は、新たな協会運営の始まりを意味するものであり、次期会長には、国民の信頼を取り戻し、透明性の高い組織運営を確立することが強く求められるでしょう。
ワールドカップでの躍進は、確かにチームの士気を高め、一時的な熱狂をもたらすかもしれません。しかし、持続的なサッカー文化の発展と国民的な支持を再構築するためには、協会が根本的な改革を行い、選手育成、ファンサービス、そして透明な意思決定プロセスを重視する姿勢を示す必要があります。韓国サッカーは今、大きな試練の時を迎えていますが、この経験を糧に、より強く、より国民に愛されるサッカー文化を築き上げることが期待されます。